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遺伝子改変レポーターマラリア原虫に関する総説論文を発表 ―マラリア基礎研究や創薬に関する新たな展望を提示―

 【ポイント】
●マラリアは、世界的な三大感染症のひとつであり、世界保健機構(WHO)の推計によると、2022年には世界85カ国で2億4,900万人の患者が発生し、60万8,000人が死亡したと推定されています。
●マラリアに関する基礎研究や創薬においては、遺伝子改変レポーターマラリア原虫を使った研究が積極的に行われています。「遺伝子改変レポーター」とは、例えば緑色蛍光タンパク質を用いて遺伝子を組み替えることによって、マラリア原虫の検出・可視化を容易にできるようにすることです。マラリア原虫の状態を“レポート”することから、この名で呼ばれています。
●これまでに数多くの遺伝子改変レポーターマラリア原虫が作出されてきたことから、それぞれがどのように応用されてきたか最新の知見を知り、今後のマラリア研究に関する新たな道筋を示すことが重要な課題となっていました。
●本総説論文では寄生虫研究に関心を持つ研究者や学生を対象として、過去5年間に作出された遺伝子改変レポーターマラリア原虫の有用性、特性、性質をまとめました。さらに遺伝子改変レポーターマラリア原虫を使ったヒト体内のステージ、ハマダラカのステージに関する最新の研究を取り上げ著者独自の考察を加えて概説しました。
●本総説論文によりこれまで個別に進められてきた遺伝子改変レポーターマラリア原虫研究を、包括的に 議論できるようにし、新たな着想の下に研究展開することを容易にしました。そして、マラリア研究に関する新たな展望が提示され、基礎研究の有用なツールとなる新たな遺伝子改変レポーターマラリア原虫の開発が世界中で進むことが期待されます。
 
 【本総説論文の背景】
・マラリア原虫の生活環
 マラリアは熱帯地域でハマダラカにより媒介され甚大な数の患者を出す原虫感染症です。ヒトに病気を引き起こすマラリア原虫の中でも、最も致死的な熱帯熱マラリア原虫が非常に問題となっています。この原虫はヒト赤血球の中で増殖し、発熱、悪寒、貧血といったマラリアの症状をもたらします(赤内期)。一方で、赤内期の原虫の一部はガメトサイト期と呼ばれる状態へと分化し、ハマダラカの吸血により再び蚊の体内へと伝播します。ハマダラカの体内に侵入した熱帯熱マラリア原虫はハマダラカの腸管において、増殖しスポロゾイトと呼ばれるステージへと変化し唾液腺へと移行します。その後、スポロゾイトを保有するハマダラカが再びヒトを吸血することにより、熱帯熱マラリア原虫は再びヒトへと感染します。ヒトの血液中に入ったスポロゾイトはまず肝臓に感染しそこでの潜伏期を経た後にヒトの赤血球へと感染しマラリア病態を引き起こします。このように熱帯熱マラリア原虫はヒトとハマダラカという二種類の宿主に感染するため、非常に複雑な生活環を有しています(図1)


図1 熱帯熱マラリア原⾍の⽣活環

・マラリア研究における遺伝子改変レポーターマラリア原虫の応用と発展
 複雑な熱帯熱マラリア原虫の生活環を詳細に明らかにするために様々な遺伝子改変レポーターマラリア原虫が多数開発され、基礎研究や創薬研究へと応用されてきました (図2)。これらの遺伝子改変レポーターマラリア原虫は蛍光タンパク質やルシフェラーゼのような様々なレポータータンパク質を発現します。発現するレポータータンパク質によるシグナルを特定の分析機器を用いて解析することで、様々な応用が可能です。具体的には蛍光タンパク質の場合は、蛍光顕微鏡を用いてヒト体内でのステージや蚊の体内でのステージの原虫を検出・可視化することができます。また、ルシフェラーゼを用いた場合はルミノメーターという分析機器で生物発光シグナルを測定することで原虫の数を高感度で正確に定量することができます。このような原虫の定量は多数の抗マラリア活性を持つ化合物の評価を可能にします。
 
 このような遺伝子改変レポーターマラリア原虫は20年以上前に初めて創出されました。その有用性が示された後に、世界中のマラリア研究者たちが独自のアイデアや手法を盛り込み多数の遺伝子改変レポーターマラリア原虫を開発し、基礎研究・創薬研究が推し進められました。遺伝子改変レポーターマラリア原虫は非常に有用なツールなので、寄生虫学に関心を持つ研究者がこの研究分野を把握し、新たな着想の元に研究展開することが非常に重要です。しかしながら、開発が進む遺伝子改変レポーターマラリア原虫の性質は多岐に渡るため、それらの性質を包括的に議論することが必須です。そこで、宮崎幸子助教、宮崎真也助教は主に過去5年間に作出された遺伝子改変レポーターマラリア原虫に関する研究成果をまとめて、本研究分野における新たな道筋を示すことが重要なのではないかと考えました。


図2 マラリア原⾍レポーターラインに関する概念図(本総説論⽂のFig.1 を元に作成)

【本総説の将来展望】
 本総説論文では、蛍光タンパク質やルシフェラーゼを発現するマラリア原虫レポーターラインに関する最近の知見を概説し、今後のマラリアに関する基礎研究や創薬に関する新たな展望を示しました。本総説は寄生虫学に興味をもたれた研究者や学生を対象として執筆されました。今後、本総説の内容に基づきマラリア研究に関する基礎研究や創薬研究が進展することが期待されます。

 長崎大学熱帯医学研究所ではレポーターマラリア原虫の開発・応用研究を積極的に進めています。本総説で発表したレポーターマラリア原虫(GFP-NanoLuc発現原虫、Miyazaki Y et al. Commun Biol. 2023)はリクエストに応じてアカデミアや創薬研究者の方への分与や共同研究が可能です。本レポーターマラリア原虫の使用に興味をお持ちになられた研究機関や企業の方がおられましたら、ぜひ本プレスリリース末尾の問い合わせ先にご連絡いただけましたら幸いです。
 
【論文情報】
掲載誌:Trends in Parasitology (Cell Press, 5-year impact factor: 8.1)
論文タイトル:Reporter parasite lines: valuable tools for the study of Plasmodium biology
著 者:Yukiko Miyazaki, Shinya Miyazaki*
所 属:長崎大学 熱帯医学研究所 原虫学分野
Link: Reporter parasite lines: valuable tools for the study of Plasmodium biology - ScienceDirect
*Corresponding author, E-mail: smiyazaki*nagasaki-u.ac.jp(*を@に変換してください)
 
【用語解説】
総説論文 (Review article)
 ある特定の研究テーマに関する最新の知見を概説する形式の学術論文。著者らが独自に得た研究成果を元に執筆する原著論文 (Original article) とは異なる様式です。今回発表された総説論文は研究者や学生の方を読者として想定して執筆されました。
マラリア
 Plasmodium属の原虫により引き起こされる原虫感染症。ヒトにマラリアを引きおこすPlasmodium属原虫は複数種類が知られていますが、本総説では主にヒトに最も重篤な症状を引き起こす熱帯熱マラリア原虫 (Plasmodium falciparum) を対象としました。本原虫は媒介蚊の吸血によりヒトから蚊の体内へと移行し、蚊の体内で増殖した後に蚊の刺咬により再び他のヒトに感染します。そのため、ヒトと蚊というふたつの宿主の中の原虫の両方に効果がある薬が必要とされています。
蛍光タンパク質
 緑色蛍光タンパク質 (Green fluorescent protein, GFP) に代表される蛍光を発するタンパク質。ある特定の波長の光を蛍光タンパク質に照射すると別の波長の蛍光が放出されます。特定の分析機器 (e.g. 蛍光顕微鏡、フローサイトメトリー) を使用し蛍光を検出することで蛍光タンパク質の細胞内の場所や量を調べることができます。
ルシフェラーゼ
 ホタルルシフェラーゼに代表される酵素反応により発光するタンパク質。ルシフェラーゼが特定の発光物質と反応することで酵素反応が進行し特定の波長の光が放出されます。この放出された光の量を特定の分析機器で検出することでルシフェラーゼの量を測定することができます。
 
【参考論文】
(Miyazaki Y: 宮崎幸子、Miyazaki S: 宮崎真也)
1.Miyazaki Y, Vos MW, Geurten FJA, Bigeard P, Kroeze K, Yoshioka S, Arisawa M, Inaoka DK, Soulard V, Dechering KJ,Franke-Fayard B, Miyazaki S
A versatile Plasmodium falciparum reporter line expressing NanoLuc enables highly sensitive multi-stage drug assays.
Communications Biology. 2023 Jul. doi: 10.1038/s42003-023-05078-5 (Corresponding author)
Link: A versatile Plasmodium falciparum reporter line expressing NanoLuc enables highly sensitive multi-stage drug assays | Communications Biology (nature.com)
本学プレスリリース:マラリア創薬に向けた革新的ツールとなる遺伝子改変原虫を創出―複数のステージを標的とする新たな抗マラリア薬の開発に期待―|長崎大学 (nagasaki-u.ac.jp)
 
2.Miyazaki S, Yang ASP, Geurten FJA, Marin-Mogollon C, Miyazaki Y, Imai T, Kolli SK, Ramesar J, Chevalley-Maurel S,van Gemert GJ, van Waardenburg YM, Franke-Fayard B, Hill AVS, Sauerwein RW, Janse CJ, Khan SM
Generation of novel Plasmodium falciparum NF135 and NF54 lines expressing fluorescent reporter proteins under the control of strong and constitutive promoters.
Front Cell Infect Microbiol. 2020 Jun 10;10:270. doi: 10.3389/fcimb.2020.00270. (corresponding author)
Link:Frontiers | Generation of Novel Plasmodium falciparum NF135 and NF54 Lines Expressing Fluorescent Reporter Proteins Under the Control of Strong and Constitutive Promoters (frontiersin.org)
 
 
3.Marin-Mogollon C, Salman AM, Koolen KMJ, Bolscher JM, van Pul FJA, Miyazaki S, Imai T, Othman AS, Ramesar J, van Gemert GJ, Kroeze H, Chevalley-Maurel S, Franke-Fayard B, Sauerwein RW, Hill AVS, Dechering KJ, Janse CJ, Khan SM
A P. falciparum NF54 Reporter Line Expressing mCherry-Luciferase in Gametocytes, Sporozoites, and Liver-Stages.
Front Cell Infect Microbiol. 2019 Apr 16;9:96. doi: 10.3389/fcimb.2019.00096. eCollection 2019.
Link: Frontiers | A P. falciparum NF54 Reporter Line Expressing mCherry-Luciferase in Gametocytes, Sporozoites, and Liver-Stages (frontiersin.org)
 
【謝 辞】
 この場を借りて、本総説の執筆に関わってくださった全ての方に深く感謝申し上げます。本総説の出版は科学研究費補助金 (基盤研究(C):24K10191, 代表者:宮崎真也) によりご支援いただきました。また本総説の英文執筆はEditage (https://www.editage.jp/) によりご支援いただきました。