2024年09月17日
長崎大学熱帯医学研究所(NEKKEN)の稲岡 健 ダニエル 教授と熱帯医学・グローバルヘルス研究科(TMGH)の北 潔 教授の研究グループは、オタゴ大学医学系研究科のGregory M Cook教授を中心とした米国、中国、南アフリカとの国際共同研究により、結核菌のエネルギー代謝において中心的な役割を担うコハク酸脱水素酵素に対する特異的な阻害剤を複数発見し、既存の抗結核薬との併用により、殺菌作用の相乗的な効果に加えて、耐性株出現を抑えることを明らかにしました。
■ポイント
●薬剤耐性結核菌 (Mycobacterium tuberculosis) による結核は、HIV・エイズ、マラリアと共に感染症の罹患率および死亡率の主要な原因の一つであり、新しい抗菌薬の緊急な開発が必要とされている。
●コハク酸脱水素酵素 (SDH) は、結核菌において糖代謝と呼吸鎖をつなぐ重要な酵素であり、様々な環境下で結核菌の増殖と生存に必要不可欠である。
●よって結核菌の呼吸鎖阻害剤は、次世代の有望な抗菌薬として研究が進められているが、呼吸鎖の標的同定と、標的阻害により得られる表現型についてはその多くが未解明である。
●今回の研究により、結核菌のSDH特異的な(結核菌のSDHにだけ作用する)阻害剤を発見できた。
●既存薬の殺菌作用に対し相乗効果が得られ、耐性株出現を抑える事を明らかにした。
■概 要
結核菌のSDHを新たな薬剤標的として位置付けるために、長崎大学の稲岡健ダニエルと北潔のグループは結核菌のSDHを標的とした生化学的なハイスループットスクリーニング法(HTS)を開発し、オープンソース化合物ライブラリー(※1)から結核菌SDHを特異的に阻害する多くの化合物を見出しました。この情報をもとに、AI技術を組み合わせ、低濃度で結核菌SDHの活性を特異的に阻害する新たな骨格を有する化合物を複数発見することに成功しました。抗菌感受性試験の結果、主要なSDH阻害剤は静菌作用(※2)を持つことを明らかにし、他の阻害剤と組み合わせることで殺菌作用(※3)に対し相乗効果が得られ、耐性株出現を抑える事も明らかにしました。本研究は既存の抗結核薬剤とは異なる作用機序を有する、新しい治療薬の開発に繋がると期待されます。
※1 化合物ライブラリー:化学構造、純度、量、生理化学特性などの情報を含んだ化学物物質のデータベース。数十万種類に及ぶ化合物ライブラリーの中からスクリーニングにかけて標的分子に対する活性を持つ化合物を選び出すのが一般的な創薬の手法となっており、化合物ライブラリーは、薬剤のスクリーニングや研究において非常に重要なツールとなっている。
※2 静菌作用:細菌の増殖を抑える作用
※3 殺菌作用:細菌を死滅させる作用
■参 考
発表内容
M. tuberculosisでは1種類のSDHが保存されているが、非病原性のMycobacterium smegmatisでは2種類のSDHが保存されている(SDH1とSDH2)。M. smegmatisのSDH2のほうがM. tuberculosisのSDHと高いアミノ酸同一性を示すため、M. smegmatis のSDH1を構成する遺伝子群を欠損させた(SDH2遺伝子群のみを有する)株から調製した膜画分を用いてSDH2に対するHTS系を開発し、MMV Pathogen Boxと当研究室が有するキノン部位結合化合物ライブラリーに対しHTSを実施した。その結果、Ascofuranone、Flutolanil、Aurachin、α-mangostinなどの天然物化合物の誘導体など、多様な構造を有するM. smegmatis SDH2阻害剤を多く見出した。そこで、in silicoディープラーニング技術と生化学的評価を組み合わせて、M. smegmatis SDH2阻害剤(MMV687807)の情報からM. tuberculosis SDHに対する特異的な阻害剤(XBD-258)を新たに見出した。さらに、M. tuberculosis SDH 阻害剤はClofazimine(II型NADH脱水素酵素により代謝されることで選択毒性を示す)、Bedaquiline(ATP合成酵素の阻害剤)またはQ203(bc1複合体の阻害剤)と組み合わせることで、相乗的な殺菌効果が得られ、Isoniazid、RifampicinとPretomanidに対する耐性株の出現を効率よく抑ることが確認された。
■論文の詳細
タイトル:Identification of chemical scaffolds that inhibit the Mycobacterium tuberculosis respiratory complex succinate dehydrogenase.
著 者:Cara Adolph, Kiel Hards, Zoe C. Williams, Chen-Yi Cheung, Laura M. Keighley, William J. Jowsey, Matson Kyte, Daniel Ken Inaoka, Kiyoshi Kita, Jared S. Mackenzie, Adrie J.C. Steyn, Zhengqiu Li, Ming Yan, Guo-Bao Tian, Tianyu Zhang, Xiaobo Ding, Daniel P. Furkert, Margaret A. Brimble, Anthony J.R. Hickey, Matthew B. McNeil, and Gregory M. Cook.
雑 誌:ACS Infectious Diseases
D O I : 10.1021/acsinfecdis.3c00655
論文は以下のURLで閲覧できます
https://pubs.acs.org/doi/abs/10.1021/acsinfecdis.3c00655