2023年01月16日
■概 要
工学研究科の馬越啓介教授・堀内新之介助教(現・東京大学大学院総合文化研究科講師)の研究グループは、有機分子と遷移金属錯体を混ぜるだけで、分子対称性が最も低いC1対称の分子集合体が形成することを発見しました。この発見をもとに、ドイツ・ドルトムント工科大学Guido H. Clever教授およびドイツ・フィリップ大学マーブルグEric Meggers教授の研究グループと国際共同研究を行うことで、自己集合に基づく低対称化が物質の光学特性にどのような影響を与えるかも明らかにしました。
通常、分子自己集合では化学熱力学の原理によって、物質の配置エントロピーが最も高くなる高対称構造体が生成物として得られやすいことが知られています。本研究では、そのような分子自己集合の常識を覆し、分子自己集合によって低対称な分子自己集合体が得られることを発見し、Symmetry-breaking assemblyという分子集合挙動が起こることを見出しました。これまで様々な研究グループによって低対称構造を有する分子集合体を合成しようとするアプローチが報告されてきましたが、本研究成果はそれらとは一線を画す、新しい方法論となる可能性があります。
本研究成果は、イギリスのNature Research社が出版する総合科学速報誌「Nature Communications」誌(IF : 17.694)に1月11日にWeb掲載されました。
なお、本研究は長崎大学工学研究科が推進したJSPS国際交流事業「ナノ空間を反応場・デバイスとして活用する物質科学国際拠点の構築」および長崎大学卓越大学院プログラムの支援のもと実施されました。
■研究の背景
分子自己集合は自然界で一般的に観測される現象であり、小さな分子がひとりでに集まって巨大な集合構造が構築される現象のことを指します。身近な例では雪の結晶が成長する過程がそうであり、規則的で様々な形状を持つ美しい雪の結晶が報告されています。近年では新しい材料を作り出す手法にこの分子自己集合を取り入れる試みが盛んであり、自己集合性化合物に関する研究はノーベル化学賞の有力候補とされています(図1)。
図1. 金属イオンと有機分子の自己集合によって得られる分子集合体の例 |
自己集合性化合物の一番の特徴は、雪の結晶でも見られるような、規則的で美しく対称性の高い構造です。これは、分子自己集合の過程が系の乱雑さを表す指標であるエントロピーを大きく減少させる反応であるため、自己集合によるエントロピーの損失を少しでも抑えるため、生成物の構造は高配置エントロピーをもつ対称性の高い構造体になりやすいことに由来しています。自然界では自己集合によって形成する酵素やDNAが生体活動を司っていますが、人類はまだそれらに匹敵するような洗練された機能をもつ自己集合性化合物を合成できていません。この理由は、酵素やDNAが人工的な自己集合性化合物と異なり、低対称で高い複雑性を持つ集合体であるためです。自己集合によって様々な集合構造が合成できることが当たり前となった今日では、自然界で達成されている複雑な仕組みを人工分子系でも達成するため、得られる分子集合体を低対称化する試みや複雑性を付与する研究が盛んに行われています。
■研究の成果
酵素やDNAは水素結合や分子間相互作用のような弱い会合力の協同作用によって自己集合構造を形成しています。研究グループは、自己集合の仕組みに弱い会合力の協同作用を取り入れることで、新しいタイプの分子集合体の合成を探索しました。その結果、水素結合能を持つ有機分子とカチオン性遷移金属錯体の組み合わせから、通常の自己集合では得ることが困難な最も対称性の低いC1の分子対称性を持つ分子集合体が得られることを発見しました(図2)。得られた分子集合体の構造は、北陸先端大の山口准教授との共同研究でNMR分光法により明らかにしました。
図2. 有機化合物と遷移金属錯体を用いたC1対称性分子集合体の形成 |
さらに、分子自己集合によって遷移金属錯体の物性が大きく変化することも明らかにしました。遷移金属錯体が有機分子と分子集合体を形成すると、金属錯体の発光特性が大きく向上(高エネルギー化・高効率化・長寿命化)しました。次に研究グループは、用いた遷移金属錯体が2種類の光学異性体の混合物であることに目をつけ、低対称な分子集合構造がキラル光学特性に与える影響を調べました。ドイツ・フィリップ大学マーブルグEric Meggers教授との共同研究で遷移金属錯体の光学異性体を分離し、ドイツ・ドルトムント工科大学Guido H. Clever教授の研究グループとの共同研究で、キラル光学特性の変化を明らかにしました。その結果、分子自己集合に基づく低対称化によって、キラルな遷移金属錯体から観測される円偏光発光の異方性因子glum値が向上することを明らかにしました。類似な構造を持つ遷移金属錯体を用いて分子集合体を合成しても、低対称化を伴わない場合はglum値に変化がなかったことから、このglum値の変化は低対称構造に由来する物性変化であると結論しました。
図3. 分子低対称化にともなうキラル光物性の変化 |
従来の分子自己集合では、得られる化合物の構造は対称性の高い構造という常識があり、低対称構造体を自己集合によって合成することは困難とされてきました。本研究では分子自己集合の常識を覆し、C1対称性を持つ分子集合体を得ることに成功し、その低対称構造に由来する特徴的な物性変化も明らかにしました。この研究成果は、低対称構造を有する分子集合体を得るための新たなアプローチを提供するだけでなく、低対称な分子集合体を用いた機能性材料の礎となる可能性があります。
■論文情報
掲載誌 : Nature Communications, 14, 155 (2023)
論文タイトル :
Symmetry-Breaking Host–guest Assembly in a Hydrogen-bonded Supramolecular System
著者名 :
Shinnosuke Horiuchi,* Takumi Yamaguchi, Jacopo Tessarolo, Hirotaka Tanaka, Eri Sakuda, Yasuhiro Arikawa, Eric Meggers, Guido H. Clever,* Keisuke Umakoshi*
DOI:https://doi.org/10.1038/s41467-023-35850-4
本研究は以下のサポートを受けて実施されました。
・科研費(若手研究JP19K15589、基盤研究C JP20K05542、新学術領域研究「配位アシンメトリー」JP19H04587、新学術領域研究「水圏機能材料」JP20H05231、JP22H04554)
・JSPS国際交流事業「ナノ空間を反応場・デバイスとして活用する物質科学国際拠点の構築」
(主担当研究者所属部局:長崎大学大学院工学研究科)
・文部科学省 マテリアル先端リサーチインフラ JPMXP1222JI0014
・長崎大学卓越大学院プログラム
・公益財団法人 日揮・実吉奨学会 研究助成
・公益財団法人 野口研究所 野口遵研究助成金
・公益財団法人 小笠原敏晶記念財団 一般研究助成
・公益財団法人 泉科学技術振興財団 研究助成
・公益財団法人 高橋産業経済研究財団 研究助成
■本件に関するお問い合わせ先
工学研究科 物質科学部門 分子生命科学分野 教授 馬越啓介(ウマコシケイスケ)
E-mail:kumks*nagasaki-u.ac.jp Tel:095-819-2672
※上記[*]を@に置き換えて送信ください。