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薬剤耐性菌の氾濫は止められない!?抗生剤使用の背景に存在する社会的ジレンマを観測

 長崎大学熱帯医学研究所国際保健学分野の伊東 啓 助教は、同分野の山本 太郎 教授、吉村 仁 客員教授、静岡大学の一ノ瀬 元喜 准教授、守田 智 教授、大阪公立大学の和田 崇之 教授、九州大学の谷本 潤 教授と共に、日本・アメリカ・イギリス・スウェーデン・台湾・オーストラリア・ブラジル・ロシアで計 41,978人に対しオンライン調査を実施し、抗生剤(抗生物質・抗菌薬)使用の背景に存在する社会的ジレンマにどれくらいの人々が陥っているのかを明らかにしました。


図 1.抗生剤使用で直面している社会的ジレンマ
自分は抗生剤を気軽に使用したいが、みんながそうすると耐性菌が氾濫して結局困ってしまう

 ■ポイント 
▶2019年の時点で、世界中で推計127万人が薬剤耐性菌(以下:耐性菌)によって死亡している。これはHIV/AIDSやマラリアの死亡者数よりも多い。
▶抗生剤は多くの人々を救ってきたが、現在は抗生剤の使い過ぎが原因となって頻繁に耐性菌が出現し、多くの人々を死亡させている。
▶ 耐性菌の出現を食い止めるには、「社会全体で抗生剤の使用をなるべく控える」のが理想的だが、実際は「自分は気軽に抗生剤を使用したい(処方してほしい)」という願いから、抗生剤の濫用に歯止めがかからない可能性がある。このような葛藤を社会的ジレンマと呼ぶ。
▶ オンライン調査をしたところ、各国の約15~30%の回答者が「自分は抗生剤を気軽に使用したいが、他人には抗生剤の使用をなるべく控えてほしい」と回答した(社会的ジレンマ)。
▶ いずれの国でも一番多かった回答は、「自分も他人も抗生剤の使用を控える必要はない」という回答で、約50%に上った。

■背 景  
 抗生剤は多くの人々を救ってきました。一方で抗生剤の使用は、抗生剤が効かない薬剤耐性菌(以下:耐性菌)を生み出します。耐性菌が蔓延すると、薬で治療できない感染で苦しむ人が増えるだけでなく、外科手術や臓器移植といった医療システムが機能しなくなる恐れがあります。
   実際に2019年の時点で、世界中で127万人の人々が耐性菌によって直接死亡したと推定されました(耐性菌の関連死では推計495万人に上ります)。日本でも2017年の時点で約8,000人が耐性菌による菌血症で亡くなっており、これは交通事故死亡者数の倍です。  

■抗生剤使用で直面している社会的ジレンマとは 
 このように抗生剤を使うという行為には、「個人が望む治療」と「世界の耐性菌問題」のどちらをとるかという社会的ジレンマ(個人にとっての最適な行動が、社会全体としての最適な結果に帰着しない状況)があります(図1)。この問題には、個人と世界を両立する都合の良い回答は存在しません。そのため、患者自身が自分の意思で治療を選ぶことのできる(インフォームドコンセントの発達した)社会では、下の図2のような仕組みで、抗生剤の濫用に歯止めがかからない可能性があります。

 


図2.社会的ジレンマが耐性菌の氾濫を引き起こす仕組み

 ■この研究で分かったこと 
  この論文では、抗生剤使用の背景に社会的ジレンマがあり、図に示した仕組みで悲劇的な結末に至る危険性を提唱しました。そして、各国のどれくらいの割合の人々がこの社会的ジレンマに陥っているのかを実際に調べました。
    調査結果から、各国の約15~30%の回答者が社会的ジレンマに陥っており、抗生剤の使用と耐性菌の出現・拡散の背景にある社会的ジレンマの存在が初めて確かめられました(図3)。
    また興味深いことに、各国の約半数の回答者は「自分も他人も抗生剤の使用を控える必要はない」と答えました。つまり誰もが自分の健康を最優先にしていいし、それが大事だという回答です。しかし、無制限の抗生剤使用は耐性菌をたくさん出すことは確実ですから、もし耐性菌問題に真正面から立ち向かっていくのであれば、法によって医療側に抗生剤の使用制限をかける必要があるのかも知れません。ですが、各国の約半数の人々は、そのような「個人の望む治療よりも、世界の耐性菌問題を優先するような社会」の到来を今のところ望んでいないこともこの研究から分かりました。
    今後悪化が予測される耐性菌問題に立ち向かうためには、このような社会的状況を解消する議論を発展させていく必要があるかもしれません。

 


図3.調査した各国における回答割合

■論 文  
Ito H, Wada T, Ichinose G, Tanimoto J, Yoshimura J, Yamamoto T, Morita S. Social dilemma in the excess use of antimicrobials incurring antimicrobial resistance.
Scientific Reports. 12: 21084, 2022.
URL:https://www.nature.com/articles/s41598-022-25632-1
DOI:10.1038/s41598-022-25632-1

■謝 辞  
本研究はJSPS科研費  22H01713,21H01575,21K03387,19KK0262,19K04903,18K03453,17H04731の助成を受けたものです。