2022年03月10日
大学院医歯薬学総合研究科(薬学系)の山吉麻子教授らは、遺伝子に施されるメチル化修飾を光で検出する新しい技術を開発しました。
遺伝子(DNA)がメチル化修飾(注1・2)されると、その遺伝子の働きは抑制されます。遺伝子に施されるこの小さな「しるし」は、発生や分化、がん化の過程にも関与する重要なマーカーの1つとして非常に注目されています。
■ポイント |
▶これまで遺伝子の本体である「二重鎖DNA」のメチル化修飾を光で検出することは困難
▶光に反応する光架橋性プローブ(注3)と人工核酸シャペロン(注4)とを組み合わせて使用することで、知りたい配列の二重鎖DNAに含まれるメチル化修飾の検出に成功
▶知りたい遺伝子配列中のメチル化修飾の位置や量と疾患の関係を明らかにする遺伝子診断技術に発展することへの期待
図1 人工核酸シャペロンを用いたメチル化DNAの光検出 「光照射によりメチル化DNAと反応する核酸プローブ」と「人工核酸シャペロン」とを 組み合わせて使用することで、二重鎖DNAに含まれるメチル化修飾の配列特異的な検出に成功 |
遺伝子のスイッチを調節する上で、最も重要な役割を果たすものの1つが「DNAのメチル化修飾」です。遺伝子の本体であるDNAはアデニン(A)、グアニン(G)、シトシン(C)、チミン(T)と呼ばれる4つの塩基から構成されていますが、そのうちのシトシン(C)がメチル化と呼ばれる化学修飾を受けることによって5−メチルシトシン(5mC: 注4)になると、その遺伝子のスイッチが抑制されます。つまり、「5mCは遺伝子のオフスイッチ」になっています。例えば、受精卵など幹細胞のDNAでは、オフスイッチであるメチル化の度合いは低下しています。そして、受精卵を構成する細胞ごとにオフスイッチの状態が異なる「特異的なDNAメチル化状態」が進み、受精卵の分化が進行します。また、がん細胞では、がん抑制遺伝子に5mCのオフスイッチが入ることで、がん化が進行することが明らかとなっています。そのため、5mCは非常に注目されており、この分子を効率良くかつ特異的に検出できる新しい技術が求められていました。
これまでに山吉教授らは、5mCと反応する光架橋性核酸プローブを既に開発していました。しかし、このプローブは、一本鎖DNAの5mC を選択的に検出できるのですが、二本鎖DNAに対する検出が十分でないという課題がありました。そこで、人工核酸シャペロンがDNAの構造を変化させる働きに注目し、光架橋性核酸プローブと人工核酸シャペロンとを世界で初めて組み合わせることによって、二重鎖DNA中にある5mCを光のエネルギーを用いて革新的に検出することに成功しました。従来の方法では、二重鎖DNAを一本鎖状態にしてから、5mCを検出していましたが、本法では細胞から取り出した二重鎖DNAと直接反応させることが可能になり、より正確な診断も可能になります。また、この方法では任意のタイミング・場所に光を照射して光架橋性核酸プローブを5mCに反応させることができるため、細胞内でどのような配列のDNAのメチル化が「いつ?どこで?」生じるかを時空間的に解析できることが期待できます。
本研究成果は、遺伝子の5mCを検出する遺伝子診断法としての展開が期待されます。例えば、臨床検査の際に採取した組織、あるいは「生きた細胞」をそのまま用いて、遺伝子中の5mCの位置や量と疾患の関係を明らかにする遺伝子診断のための技術に発展すると期待されます。
本研究成果は、2022年3月10日(木)9時(アメリカ時間:3月9日(水)19時)に国際学術誌「ACS Biomaterials Science & Engineering」のオンライン版で公開されました。
オンライン版はこちら。 https://doi.org/10.1021/acsbiomaterials.2c00048
なお、本論文内容は掲載号の表紙に選ばれました。
本研究は、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 さきがけ 「生体機能解明のための光操作技術」研究領域・研究課題名「眠れる遺伝子機能を呼び起こす革新的光操作技術の開発」(JPMJPR178A)、文部科学省科学研究費補助金・学術変革領域(A)研究課題名「マテリアル・シンバイオシスのための生命物理化学」からの支援を受けて行われました。
■論文タイトル |
“Selective photo-crosslinking detection of methylated cytosine in DNA duplex aided by a cationic comb-type copolymer”
(カチオン性くし型共重合体を用いた二重鎖DNAに含まれるメチル化シトシンの選択的光検出)
DOI:10.1021/acsbiomaterials.2c00048
■用語解説 |
注1)遺伝子(DNA)のメチル化
DNAの配列変化によらない遺伝子発現を制御・伝達する制御機構(エピジェネティク制御)の中で、非常に重要な役割を果たすものの1つ。DNAのメチル化の他には、ヒストン(DNAが結合しているタンパク質)の化学修飾(メチル化、アセチル化)などが主要因子として関わっている。
注2)5mC
DNAのシトシン塩基の5位炭素原子がメチル化を受けることで、様々な遺伝子発現を制御する「しるし」の1つとして機能している。
注3)光架橋性プローブ
本研究者らが開発した、5'末端に光架橋性分子であるPsoralen(ソラレン)を含む人工核酸。この光架橋性プローブは、対象が1本鎖DNAの場合の、5mCと選択的に反応する性質が見出されていた(Photochem. Photobiol., 2014)。
注4)人工核酸シャペロン
主鎖にカチオン性のポリアリルアミン(PAA)、側鎖に親水性のデキストラン(Dex)をグラフトした共重合体(PAA-g-Dex)。これまでに、本研究者らはPAA-g-DexがDNAの特定の高次構造(三重鎖構造)を選択的に安定化することを見出している(J. Phys. Chem., 2017)。