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これまでの治療法を180度転換させるデータを発表 ~顎骨壊死の発症予防治療において歯学部の研究グループが明らかに~

長崎大学歯学部口腔保健学の五月女さき子准教授らの研究グループは、抜歯を避けることが一般的とされる顎骨壊死予防治療において、実際には抜歯そのものは顎骨壊死のリスク因子にはならず、むしろ抜歯を避けることが逆に顎骨壊死発症率を有意に増加させることを明らかにしました。これは、これまで一般的に推奨された予防策を180度転換させるものです。研究グループは、この研究成果を2021年8月、Scientific Reports誌に投稿しました。
骨転移したがん患者さんなどの治療薬の副作用として顎骨壊死が引き起こされることが多いことから、顎骨壊死を予防するために治療薬の投薬を止めるなど、これまではがん治療と歯科治療の両立が困難でしたが、今回の研究データは、その両方の治療を並行して行える可能性を示しており、がん患者さんの健康増進やQOL(生活の質)の維持向上に果たす役割は大きいものと考えられます。

*顎骨壊死(がっこつえし)とは
あごの骨の組織や細胞が局所的に死滅し、骨が腐った状態になることです。あごの骨が腐ると、口の中にもともと生息する細菌による感染が起こり、あごの痛み、腫れ、膿が出るなどの症状が出ます。

研究の背景

悪性腫瘍(がん)の骨転移や多発性骨髄腫に対しては、骨吸収抑制薬が広く用いられますが、重篤な副作用として顎骨壊死の発症が問題となっています。顎骨壊死が生じるとあごの痛み、腫れ、膿が出るなどの症状に患者さんは悩まされ、適切な治療を受けなければ病的骨折や咀嚼不全などの症状を引き起こし、時には敗血症の原因となることもあります。抗菌薬の投与など骨を残す保存的治療で治癒することはまれで、壊死骨を切除する手術が必要になることが多く、がんの治療で苦しんでいる患者さんにとって大きな負担となります。
この顎骨壊死の治療や予防について、米国では口腔顎顔面学会、国内では口腔外科学会等関連学会より、2007年~2016年にかけて発刊された複数のポジションペーパー(立場表明書)では、顎骨壊死発症の可能性を高める要因として抜歯が挙げられていることから、現在では骨吸収抑制薬が投与されている患者さんでは抜歯をしないことが国内外を問わず一般的となっています。
しかし、抜歯を避けることにより顎骨壊死の発症が予防できるとする研究結果はこれまでに報告されたことがなく、むしろ顎骨壊死の患者数は年々急激に増加しているのがわが国の現状です。

研究成果

長崎大学歯学部口腔保健学の五月女さき子准教授らの研究グループは、骨吸収抑制薬が投与されているがん患者を多施設共同研究により収集し、顎骨壊死発症のリスク因子について検討を行いました。361例の顎骨壊死発症率は1年8.1%、3年18.2%、5年23.3%であり、多変量解析では骨吸収抑制薬の長期の投与や歯周病などの局所感染が顎骨壊死の発症と有意に関連していましたが、抜歯そのものはリスク因子になっていませんでした。さらに抜歯例と非抜歯例の背景因子を傾向スコアマッチング解析により調整して検討したところ、本来抜歯が必要な歯を温存することは、逆に顎骨壊死発症率を有意に増加させることが明らかとなり、2021年8月、Scientific Reports誌に投稿しました[1]。

本研究の意義

これまで顎骨壊死の発症を予防するために、できるだけ抜歯を避けることが一般的な方針でした。今回の研究結果は、これまでのポジションペーパーで推奨された予防策を180度転換させるもので、骨吸収抑制薬が投与されているがん患者さんで歯周病や根尖病巣などの感染源になりうる歯を持つ場合は、早期に積極的に抜歯をしたほうが顎骨壊死の発症は予防できることを示したものです。また、同グループではこれまでに抜歯前に骨吸収抑制薬の休薬は必要ないこと[2, 3]や、顎骨壊死の手術前にも同薬剤を休薬する必要はないこと[4]なども明らかにしてきました(いずれもポジションペーパーでは休薬が推奨されており一般的に休薬されるケースが多い)。今回の研究は骨吸収抑制薬が投与されている患者さんにおいて顎骨壊死の発症リスクを軽減するためには、抜歯を含む積極的な歯科治療が重要であることを示しました。骨吸収抑制薬が投与されている場合でも、薬剤を休薬することなく必要ながん治療と歯科治療の両者を受けられることが明らかとなり、顎骨壊死の予防を通してがん患者さんの健康増進やQOLの維持向上に果たす役割は大きいものと考えられます。

文献

[1] Soutome S, Otsuru M, Hayashida S, Murata M, Yanamoto S, Sawada S, Kojima Y, Funahara M, Iwai H, Umeda M, Saito T. Relationship between tooth extraction and development of medication-related osteonecrosis of the jaw in cancer patients. Sci Rep 2021;11:17226.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/34446755/ 
[2] Hasegawa T, Kawakita A, Ueda N, Funahara R, Tachibana A, Kobayashi M, Kondou E, Takeda D, Kojima Y, Sato S, Yanamoto S, Komatsubara H, Umeda M, Kirita T, Kurita H, Shibuya Y, Komori T. A multicenter retrospective study of the risk factors associated with medication-related osteonecrosis of the jaw after tooth extraction in patients receiving oral bisphosphonate therapy: can primary wound closure and a drug holiday really prevent MRONJ? Osteoporos Int 2017;28:2465-2473.
[3] Hasegawa T, Hayashida S, Kondo E, Takeda Y, Miyamoto H, Kawaoka Y, Ueda N, Iwata E, Nakahara H, Kobayashi M, Soutome S, Yamada SI, Tojyo I, Kojima Y, Umeda M, Fujita S, Kurita H, Shibuya Y, Kirita T, Komori T. Medication-related osteonecrosis of the jaw after tooth extraction in cancer patients: a multicenter retrospective study. Osteoporos Int 2019;30:231-239.
[4] Hayashida S, Yanamoto S, Fujita S, Hasegawa T, Komori T, Kojima Y, Miyamoto H, Shibuya Y, Ueda N, Kirita T, Nakahara H, Shinohara M, Kondo E, Kurita H, Umeda M. Drug holiday clinical relevance verification for antiresorptive agents in medication-related osteonecrosis cases of the jaw. J Bone Miner Metab 2020;38:126-134.

本件に関するお問い合わせ先

五月女さき子 長崎大学大学院医歯薬学総合研究科口腔保健学分野 准教授 
e-mail:sakiko*nagasaki-u.ac.jp(*を@に変換して下さい)
梅田正博 長崎大学大学院医歯薬学総合研究科口腔腫瘍治療学分野 教授 
e-mail:mumeda*nagasaki-u.ac.jp(*を@に変換して下さい)