大学案内Guidance
2022年03月25日
令和3年度卒業生の皆さん、大学院修士課程修了者の皆さん、卒業そして修了誠におめでとう御座います。2年間も続くコロナ禍の中で、想定を超えた困難を乗り越え今日の卒業式を迎えられたことに最大の敬意を表します。また、今日まで卒業生、修了生を見守り、支え続けてこられたご家族の皆様のご苦労もいかばかりかと推察申し上げますとともに、心よりお礼とお慶びを申し上げます。全ての教職員と在学生を代表してお祝いの言葉を申し上げます。
さて、4年前、多くの皆さんが長崎大学に入学してきた頃を思い起こしてください。
私は皆さんに国際人になって欲しいと思い、また大学でのカルチャーショックを与えるために、英語で式辞を述べました。そのため内容を覚えている人は殆どいないのではないかと思います。
実は2018年当時は平昌冬季オリンピックでは羽生結弦さんがフィギュアスケートで右足の負傷を乗り越えて連覇を果たし、全米オープンテニスでは大坂なおみさんが元世界チャンピオンのセリーナ・ウイリアムズを破って初優勝を飾り、さらに本庶佑先生が癌の免疫療法の業績でノーベル生理学・医学賞を受賞するなど、明るいニュースが多かったのです。
皆さんが、見たはずの大学案内の表紙には、『文化の港から、今、世界へ飛び立とう』のスローガンがありました。また、私も学長に就任して間もなかったので、皆さんと同じように希望に満ち、普通の暮らしができるものと思っていました。つまり、4年前はいろんなことが普通に起こっていて、私たちはそれを当たり前と思っていました。
しかし、2020年の新型コロナウイルス感染症のパンデミックにより、事態は激変しました。
密集、密接、密閉といういわゆる三密を避けるため、授業はオンラインになり、スポーツや文化活動など多くのクラブ活動が禁止または制限され、飲み会やカラオケなども禁止され、極めて窮屈な生活を余儀なくされる事態となり、さまざまな場所でクラスターが発生し、医療崩壊の危機も叫ばれるようになりました。私たちの普通は、普通でなくなったのです。
そして、皆さん全員が、この体験をしました。
その中から、ある卒業生の体験をメールで頂いたので、紹介します。
「私は10歳から野球を始めて、12年間野球<道>一筋でした。ありがたいことに高校ではプロ野球からも声をかけていただけるくらいにまでになりましたが、自分は学業が優先だと考え大学進学を選択しました。高校時代には一人旅にも熱中しました。沖縄以外の全都道府県を鉄道で回り、いろんな経験ができたことがとても財産になっています。大学でもその延長線上で海外に一人で行き、中でも特にタイが印象的で、学び得たことはとても大きいものでした。
そんな矢先にコロナが流行し、生活は一変。そこで私は、自分としてのあるべき<道>について考えることが多くなったように思います。
私はコロナを警戒している方で、飲み会やバイト、日常生活に、かなり気を付けて生活していました。ただ、周りは意外とそうではなく温度差もあり、誘いを度々断っていると、自然と友達とも距離ができてしまい〝またあいつは〟と思われることもしばしばでした。
自分が間違っているのか。私が困ったときに相談するのは決まって父親です。これは、自分がコロナでいろいろ悩み、精神的にきつかった時にLINEで送られてきた言葉です。
「ひとりであることを恐れるな。自分の感性に忠実であれ。」
私にとってこの言葉はとても刺さりました。自分の道しるべとなるような言葉だとその時に思い、この言葉を大切にしていこうと決めています。
今では、これまでの野球や趣味の選択も、自分の感性から行動したものだと感じます。コロナ禍の大学生活2年間は本当に大変で満足いかないことも多かったですが、いずれ必要だった時間を早く経験できたと今では思っています」
以上が、ご本人の許可を得て、紹介したメールでした。
この学生さんと同じように皆さんはオンライン講義へ対応するため、コンピュータ画面を睨みながら、自分一人で講義を受けました。一方、先生方は準備も大変となり、講義の質を担保する意味で課題を多く与えました。それに対応するために皆さんの負担が大きくなるという悪循環が起こりました。
また、社会経済活動の沈滞でアルバイトが減り、さらに経済的なダメージにより保護者の方からの支援を受けることが困難となり、友人や指導教員からの隔絶による孤独感により精神的な不安定さが増加しました。このように今まで当たり前であった現実世界での人と人の直接の交流が制限され、新たなことへ挑戦する動機づけや学びの気持ちを持つことに大きなブレーキがかかったことと思います。
つまり、困難は、学生だけでなく教員にも、皆さんのご家族にも、世界中の誰にでも起こったのです。今なら、皆さんにも、わかるでしょう。先生方の努力、まわりやご家族の支援があり、皆さんは今日ここに立っていることを。感謝しなければなりません。ぜひ、感謝の意を言葉で伝えてください。そうすることで、人は救われるのです。人を救うのは人なのです。
私は、先日、皆さんの仲間のひとりに会いました。
いわゆる苦学生です。お父さんが病気で働けなく、お母さんも仕送りができない事情があり、完全に自活していましたが、コロナ禍でアルバイトがなくなり、窮地に陥りました。でも、退学など考えず、借金してでも本学で学び続けようと思ったそうです。本学をはじめ様々な支援を得て、生活を立て直し、部活も継続でき、就職活動にチャレンジしました。コロナ禍のおかげで、オンラインでインターンシップ等に参加し、見事就職も決まったようです。
「コロナ禍は仕方ないと思う。なった状況は自分では変えられないが、こういう状況だからこそ、自分で考えて、親に頼ることなく、自分で生きて行こう、障害を乗り越えて行こうと思った。悪い事ばかりではない。いい事だってあると信じている。環境は変えられないことが多いが、自分で適応することが大事と思った」
素晴らしい考え方だと思います。このようなコロナのパンデミックの厳しい経験は、それ自体決して無駄になることはありません。どんなに辛い出来事もそこでどう考え、どうチャレンジしたかという経験と思考は皆さんの今後の人生にきっと役立つでしょう。例え、何らかの失敗をしたとしても、それ自体は成功への糧となるでしょう。諦めれば、何でもそこで終わります。
今、私は、チャレンジという言葉を日本語的に使いましたが、challengeのもともとの意味を皆さんは、ご存じでしょうか?
日本語では「挑戦」として一括りに覚えられますが、英語圏では、「難しい課題」、「試練」という意味で使われています。コロナ禍という100年に一度経験するかしないかの試練に対して、どう向き合うか、どう挑戦してゆくかが、今後、皆さんの人生に大きな影響を与えるのではないでしょうか。
ここで、もうひとりの皆さんの仲間を紹介します。
まさに、コロナ禍に果敢に困難な試練、課題に挑戦している人です。
長崎市では、転出者が転入者を上回る「転出超過」が2018、19年に2年連続して全国ワースト1位となっています。この若者の流出を食い止めようと、起業した大学生が今年卒業する本学生の中にいます。彼女は他県の出身ですが、長崎大学に入学し、このコロナ禍で地方の人口減少の問題を何とか自分なりに解決したいと考え、学生の就職活動や中小企業のPR活動を支援する会社を立ち上げています。学生の目線で考え、地場企業の発信が学生に届いていないと感じて、企業と大学生をマッチングさせる就職支援サイトや、大学生、高校生らの交流拠点の運営、企業のPR動画の企画提案に取り組んでいます。
大変素晴らしいと思います。勇気ある行動です。彼女は、注目を浴び周りの多くの期待を背負っていると思います。学長の私としては、そんなことは気にせずに、自由に、のびのびとできることからコツコツと挑戦していって欲しいと願っております。
もうひとり紹介します。
今年卒業する修士課程の方の中にも、挑戦的な課題を乗り越えた人がいました。彼女は、高校の時から憧れていた長崎大学へやっと編入し、夢のような大学生活を期待していましたが、コロナ禍で様々な困難に会いました。研究のテーマとして、赤ちゃんを授かった両親の睡眠の実態を調べました。その過程で、父親にも母親と同様にストレスがあることを明らかにしました。今まで見えなかった世界を研究により明らかにして、自分自身も大きく視野が広がった、と彼女は言います。憧れてやっと所属した長崎大学という誇りを、卒業することで失うのではないかと彼女は不安だったそうですが、この一本の論文を完成させることで、長崎大学を卒業する自信がついてきた、と彼女は言ってくれました。
学長として、ほんとうにうれしく思いました。本学に入学し、学び、成長して、卒業する。その4年間、あるいは2年間、私はあなた方の学長であったことも何かの縁でありましょうし、ここにいる皆さんとひと時を過ごせたことを心からうれしく思っているのです。
一方で1か月前の2月24日、ロシアのウクライナ侵攻という信じられないニュースが飛び込んできました。
これに対し、長崎大学では、2度にわたり抗議の声明を発表するとともに,抗議ばかりでなく、人道的な立場から、ウクライナの学生たちに学びの場を提供するという支援も開始することにしました。学び続ける志を持った若者の存在そのものが国の未来を支える礎になるからです。長崎大学は、原爆の惨禍を経験した大学です。学び続けること、知の力を蓄えることの大切さと強さを長崎大学は過去の経験から知っています。ですから、この戦争で学びの場を奪われたウクライナの学生に学び続ける場を提供できないかと考えたのです。
人種・出身国・宗教にかかわらず学問を望むあらゆるヒトに学びの門を開いているのが大学です。出身国の違いによって不利益を被る学生が生じることがないよう、強い関心と意識を持ってキャンパスの自由闊達な空気を守っていきたいと思います。
皆さんは、今日、卒業しますが、卒業しても長崎大学という大きな船で一緒に学び過ごした長崎大学人なのです。自信を持って、次の航海へ進んでください。
4名の皆さんの仲間の話をしましたが、本日出席している、あるいはWEBサイトを見ている皆さん全員が、この困難な就学状況の中で勉学を続け、よく頑張ってきました。これからの将来どのような未来が待っているか、誰にもわかりませんが、是非皆さんは頑張ったことに誇りを持って、これからも自分のため、人のため、社会のために活躍して欲しいと願っています。もちろんそれができる皆さんであると信じています。自分の属する地域のため、また人類のため、さらには地球全体のために、地域と地球規模で考える視点を持ち続けながら、社会に出ても、また勉学を続ける中でもよくやっていると言われ続けて下さい。
卒業生、修了生に長崎大学を代表して、大きなエールを送ります。長崎大学で学んでくれて、ありがとう。そして、卒業おめでとう。
長崎大学長 河野 茂 |