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学長室

学位記授与式学長告辞

2019年03月20日

大学院博士課程・博士後期課程を修了した皆さん,本日は誠におめでとうございます。皆さんをこれまで支えてくださったご家族の皆様にはさぞかしお喜びでございましょう。心よりお祝い申し上げます。

本日,80名の方が長崎大学から博士の学位を授与されました。様々な学問分野で研鑽を積まれ,高い研究力を身につけられたことに,心から敬意を表しますと共に大変嬉しく思います。

さて,皆さんがこれから活躍する世界は,現在,GAFAと言われるデジタル巨大企業が世界のプラットフォーマーとして大きな影響を与えています。

彼らが現れる前の世界は,既にある品質の高い製品を,定期的に大量にそして安定的に供給することに関心が高い時代でした。日本の大企業の多くは,適宜改善を加え,品質を高めていくことに優れていましたが,新しい戦略を発想する力や,マネジメント能力は苦手でしたし,それが求められる時代でもありませんでした。

しかし,アップルの創始者スティーブ・ジョブズ氏やアマゾンCEO,ジェフ・ベゾス氏のように市場の変化をとらえ,戦略を練り,新しい価値観を提供する人たちが現れ,これまでとは違った稼ぎ方を,ほかの誰よりも早く見いだすことが重要な世界に急速に変化しています。

具体的なことでいうと,10年以上前の話ですが,携帯型音楽プレイヤーにおける例があります。アメリカの企業はインターネット経由で音楽を利用するという,当時では新しいスタイルを目指しました。日本の企業は,これまで積み上げてきた技術をもって,音質の高さで対抗しようとしました。

つまり,アメリカの企業はそれまでの市場にはなかった,新しいニーズを開拓することを目指し,日本の企業はこれまでの技術力や品質を磨くことに注力したわけです。

現時点で,どちらに軍配が上がったかは説明するまでもないでしょう。これは,今振り返ってみると,重要な転機だったかと思います。

このような社会において,大事なことは何でしょうか。今,この瞬間,誰も思いついていない,新しいスタンダードを発見する,新しい常識を作り出すことが重要なことではないかと思います。

そのためには,他人と同じことや,昨日までの自分と同じことをしていたら,あまり進歩がありません。現在常識とされていることを疑い,物事を根底から考え,自分の言葉と思考で他者とは違うアイデアを作り出す人こそが求められる時代になっています。

無駄なものを減らし,別の新しいもので代用できないか,だれも疑わない常識にも,本当にそうであるか自問自答し,納得するまで考え抜く。もちろん,あなたたちは研究者ですから,理論,数字,エビデンスで考える癖がついているはずです。

逆に,考えても無駄なこと,大局に関係のないことは聞き流す,相手にしないことも必要かもしれません。1日は有限です。無駄なことに囚われていては,クリエイティブな発想は出てこないのは明白です。

少し話を変えて,君たちの大先輩の話をします。昨年10月にお亡くなりになられた,本学が誇るノーベル化学賞受賞者,下村脩先生です。

下村先生は,昭和26年に長崎大学の前身である長崎医科大学附属薬学専門部を卒業後,長崎大学薬学部の実験実習指導員として勤務され,研究者としての道に進まれました。

その後,名古屋大学への国内留学,米国プリンストン大学への3年間の留学を経て,プリンストン大学上席研究員の時,オワンクラゲの発光メカニズムについて研究し,緑色蛍光タンパク質を解明し,生物発光分野での世界的な権威となられました。

このとき解明した緑色蛍光タンパク質は,他の遺伝子に融合させて細胞に導入すると,生きた細胞内の特定の場所に蛍光を作り出すことができるため,遺伝子発現のレポーターやタンパク質の標識として,生物学,免疫学,がん研究などに利用され,生命科学全般の発展に大きな貢献を果たしたのは有名な話です。

これを見つけた時というのは,まったくの偶然であったと著書で語っておられます。中和した抽出液を流しに捨てたところ,そこに偶然海水が流れ込んでおり,流しがぱっと青く光ったというのです。

しかし,この話をただの偶然,幸運で片づけてしまってはもったいない。ここに至るまでの,気の遠くなるような地道な実験,膨大な量のデータの解析,さらにはいろいろな可能性を考え抜いた過程があるのです。

前述した,スティーブ・ジョブズ氏やジェフ・ベゾス氏のように,戦略を練り,新しい価値観を信じたからこその偶然であったと私は思います。

ここ長崎の地で学んだあなたたちには,下村先生を育んだ,長崎大学の聡明で強靱なスピリットが連綿と受け継がれています。

今後,あなたたちが研究者として,教育者として,専門家として生きていく上で,これまで以上の難問が立ちはだかる時,この長崎の地で学んだことが必ず役立つと信じています。

進むべき道に迷う時が来ることもあるでしょう。そのときは,母校で学んだ日々を思い出してください。あなたたちは,誰にも容易にはクリアできない,高い高い壁を乗り越えて,今ここにいるのです。

皆さんが作る新しい未来を想像するとともに,皆さんの今後の活躍を祈念して,学長告辞とさせていただきます。

 

長崎大学長
河野 茂