HOME > 大学案内 > 学長室 > メッセージ > BSL-4施設の坂本キャンパス設置計画に関する基本的考え方

大学案内Guidance

学長室

BSL-4施設の坂本キャンパス設置計画に関する基本的考え方

2012年07月13日

  2010年5月21日付けの学長メッセージ「長崎大学と感染症」の中で、初めて長崎にBSL-4施設を設置する必要性と意義に言及し、大学として設置の可能性についての検討を開始することを表明しました。その後、学外の有識者にご参加いただいた学長室ワーキング・グループ(学長室WG)を組織し、設置の可能性について、検討を依頼しました。学長室WGは本年4月までに計4回の検討会議を開催する一方で、学内メンバーが中心になって、海外のBSL-4施設の実情調査を行うとともに、2年間にわたり学内外で意見交換の場を設けてきました。このうち、この4月までに19回開催した市民公開講座では、感染症リスクの基礎から病原体封じ込めの考え方にいたるまで、感染症研究をめぐる現状について、市民の皆様と情報を共有する努力を重ねてきました。

  そのような経緯を踏まえて、2012年4月21日開催の第4回学長室WG会議において、今後、坂本1団地を第一設置候補地とすることを念頭に、新たな検討段階に歩を進めるべきであるとの結論が得られました。この学長室WGの結論は、教育研究評議会と医学部教授会で報告するとともに、4月25日に学内メールで全教職員に周知しました。また、設置の可能性を検討してきた学長室WGを諮問機関として存続させる一方で、今後の検討主体として、須齋理事の下にタスクフォースを組織することとしました。5月1日以降、隣接地域住民を対象とした説明会と学内説明会を開催しましたが、設置場所を具体的に想定することで、設置可能性に関する議論がより具体性を帯びることになったと思います。

  こうしたなか、先日(7月6日)、学長宛てとする「長崎大学におけるBSL-4(高度安全実験施設)設置計画についての公開質問状」と題する、51名の連名(うち27名は匿名)の文書が、全教職員の情報共有を目的とするメーリングリストに投稿されました。BSL-4施設のような先進施設をキャンパス内に設置する場合は、学内のコンセンサスを得ることが不可欠であると考えており、その意味でも学内教職員との闊達な議論は本来望むところです。2010年以降3回の学内説明会を開催するなど、さまざまな機会を通じて学内に詳細な検討状況を知らせてきたのも、学内の教職員との意識共有が重要であると考えてのことです。7月9日の定例記者会見では、「公開質問状」に関する質問が多くのメディアからも出されましたが、これを機に学内での議論とともに市民の皆様のご理解が深まることを大いに期待しています。

  なお、学内からの「公開質問状」も含めて、BSL-4施設に関する議論では、事実誤認や間違った解釈が散見されます。例えば、「公開質問状」でも言及されていますが、「WHO(世界保健機関)の指針あるいは勧告に反する」という解釈は、原典にあたっていただければ正当ではないことがすぐにお分かりいただけると思います。坂本1団地への設置計画はWHOの記載と何ら齟齬するものではありません。こうした点も含めてタスクフォースが精査し、学内外の質問に対する長崎大学としての見解を近く公にしたいと考えています。今回は、今後のBSL-4設置可能性の検討に関する学長としての基本的考え方を改めてお示しし、長崎大学の全教職員および長崎市民の皆様のご理解をたまわりたいと存じます。

 

(1)21世紀の人類は深刻な感染症リスクの真只中にあります。熱帯地域で出現した病原性のきわめて高い病原体が世界中に伝播し、人々の生命を奪うリスクです。日本もこのリスクの対象外ではありません。日本の感染症研究をリードする長崎大学の責務として、この想定内のリスクと対峙し、それを克服するための方途を創出することで人類の安全・安心に貢献したい、そしてそれを担う国際人材を育成したい、これがBSL-4設置に向けた基本理念です。

(2)そのためには、高病原性の病原体をそのまま扱い研究する必要があり、BSL-4施設が不可欠です。BSL-4施設とは、病原体の外界への漏出を防ぎ、実験者への感染リスクを排除するための封じ込め構造と管理・監視システムを備えた特別の研究施設です。

(3)BSL-4施設においては、幾重もの物理的バリア(障壁)が設けられています。このバリアを突破して、病原体が外界に広がったという報告は、これまでに1件もありません。実験者への感染も陽圧空気で満たされた特殊なラボスーツの着用をはじめ幾重ものバリアにより防止されます。例外的に実験者への感染の報告(針刺し事故)はありますが、すぐに隔離治療されており、2次感染等の事例は1件もありません。

(4)地震などの大規模な自然災害に伴うリスクや、人間が外界に持ち出すリスクは当然、想定しておくべきであり、対策も講じる必要があります。免震構造を含めて万全の構造基盤を確保する必要があるでしょう。また、実験者をはじめ施設従事者の教育を徹底すること、実験者の登録システムや施設への入退室に関する管理システムを整備・運用することで、人間が持ち出すリスクも極小化できます。

(5)BSL-4施設で取り扱うウイルスは、環境中に長期間残留する放射性物質とは区別して考える必要があります。放射性物質は核分裂により放射線を放出し続けますが、ウイルスは環境の変化に弱く、我々が普段生活するような環境に放置されれば短時間で死滅します。このウイルスの特質を考慮して安全対策を講じることで、たとえば、全電源喪失という事態が万一発生した場合でも、原発の場合と異なり、リスクをきわめて小さくすることができます。電源が喪失すれば−80℃以下の超低温で堅牢な密閉構造の保管庫に保存してある病原体も死滅してしまうため、実験中のものも含めて病原体が施設の内外を汚染してしまう恐れはまずありません。

(6)病原体の感染リスクは個々の病原体の感染力と暴露される病原体の量によって規定されます。したがって、BSL-4施設内における感染リスクをコントロールするためには、実験者が扱う病原体の種類と量、さらには実験内容を把握し、管理する必要があります。そのために、実験指針(マニュアル)を完備するとともに、厳格な許認可及び監視体制を整備致します。

(7)このように、BSL-4施設設置に向けては、バリアシステムを含めた構造、運用管理規定の整備、管理・監視体制の構築、教育及び広報体制の整備など、いくつもの検討事項があります。これらを、タスクフォースを中心に今後検討していくことになります。重要なことは、この検討をガラス張りで行うことです。そのためのチェック機関を設け、学外を含め様々なステークホルダーの代表に入っていただくことも考えています。その過程で、一つひとつの疑念を解消し、学内外の皆様のご理解をいただく努力を着実に進めていきたいと思います。

(8)いかにして予算措置を実現するかは大きなハードルです。当然、一大学が設置および運用のための予算を捻出することは不可能ですし、現状の大学予算を割くことは考えていません。国の施設として建設・設置していただき、大学に管理運営を委託してもらう、あるいは管理運営に大学が協力するという形を想定しています。いずれにせよ、現今の財政状況及び社会状況の中で巨額の予算措置を頂くことは簡単なことではありません。中央官庁はもとより日本学術会議などの様々なアカデミック・コミュニティと連携して予算措置を実現したいと思います。越えるべき高いハードルや困難はありますが、最初に記載しました理念の達成に向けてチャレンジし続けたいと思います。そのためには、地域および学内の皆様のご理解とご支援が不可欠です。そのための議論は大いに歓迎いたします。

長崎大学長
片峰 茂