2024年10月31日
長崎大学病院がん診療センターの谷口 寛和 講師と長崎大学医歯薬学総合研究科呼吸器内科学分野の迎 寛 教授を中心とする研究グループは、難治性の小細胞肺がんに対するATR阻害剤と抗PD-L1抗体の併用療法の有効性を、細胞株や動物を用いた実験で確認しました。
■ポイント
●小細胞肺がんは、肺がん全体の約15%を占めており、急速に進行し早期に転移する特徴がある。
●ATR阻害剤は小細胞肺がんの細胞に対して、細胞増殖を抑制し、細胞死を誘導する効果を示す。
また、この阻害剤は免疫細胞を活性化し、免疫細胞ががん細胞内に集まることが確認された。
●免疫細胞の活性化を高める抗PD-L1抗体との併用により、更に治療効果が高まることが判明。
■研究の概要
研究の過程で、小細胞肺がんにおいて細胞周期を調節する分子の1つであるATRの発現が高いことが判明し、このATRを阻害することで、がん細胞における細胞死を誘導することに成功しました。さらに、ATR阻害剤による治療がSTING経路を介したがん免疫の活性化を促進し、腫瘍を攻撃するリンパ球が腫瘍内に浸潤することも確認されました。また、臨床応用されている抗PD-L1抗体(免疫チェックポイント阻害剤)との併用療法で、更に効果が高まることが示されました。
本研究は米国メモリアルスローンケタリングキャンサーセンター、マウントサイナイ医科大学、アメリカ国立がん研究所との共同研究になります。
■研究の社会的背景
肺がんは、日本を含む世界中で死亡者数が多い疾患です。小細胞肺がんは、肺がんの一つのタイプで、肺がん全体の約15%を占めています。このがんは急速に増大し、早期に転移する特徴があり、治療法の開発に難渋している疾患の一つです。現在承認されている薬剤の種類も少なく、新たな治療法の開発が求められています。
■研究の経緯
がん細胞は分裂を繰り返しながら増大していきます。細胞分裂には、G1/S期とG2/M期という二つの制御機構があり、遺伝子に傷がついた場合には細胞周期制御機構が働き、傷を持ったままの分裂を防ぎます。これまでの研究により、小細胞肺がんはG1/S期に関与する遺伝子に異常が多く発現していることが分かっており、G2/M期での細胞分裂に依存していることが明らかになっています。そこで、G2/M期の細胞周期制御機構を抑制する薬剤を使用し、傷を持った細胞が分裂し、細胞死に至るという仮説に基づき研究を進めてきました。
■研究の内容
本研究では、G2/M期の細胞周期制御機構を活性化するATRという分子に着目しました。データベースを用いた解析により、ATRが小細胞肺がんにおいて、正常細胞や肺腺がんよりも高く発現していることが判明しました。
そして、ATR阻害剤を細胞に添加した結果、予想通りDNA損傷が蓄積し、細胞の増殖が抑えられ、細胞死が誘導されていることが分かりました。加えて、いびつな細胞分裂が引き起こされるため、小さな細胞の核が分離されていました。小さな細胞の核が生じるとそれを排除すべく免疫細胞が活性化することが知られています。今回の研究でも、ATR阻害剤の添加によってSTING経路が活性化し、がん免疫を高めるサイトカインの発現が上昇しました。同時に、がん免疫を抑制する方向に働くPD-L1も上昇させてしまう作用があることも分かりました。この点にも着目し、現在、実際の臨床において幅広く使用されている抗PD-L1抗体(免疫チェックポイント阻害剤)を用いてPD-L1を阻害することで腫瘍免疫をさらに活性化し、がん細胞を攻撃するCD8陽性キラーT細胞が腫瘍内に浸潤し、ATR阻害剤の効果が高まることが複数のマウスモデルで確認されました(図)。
ATR阻害剤は、現在臨床導入に向け開発中の薬剤です。過去の臨床研究で実際にATR阻害剤が投与された患者のデータからも、腫瘍免疫を高める経路が活性化していることが確認されています。
ATR阻害剤と抗PD-L1抗体の併用療法は、非小細胞肺がんにおいて国際共同臨床研究が進行中で、解析結果が待たれています。(https://www.clinicaltrials.gov/study/NCT05450692)
今回の研究からは、小細胞肺がんに対するATR阻害剤と抗PD-L1抗体の併用療法の有効性が期待させる結果が得られました。
用語解説
ATR:ataxia telangiectasia and Rad3-related.
DNA損傷の検知に関与するセリン/スレオニン特異的プロテインキナーゼで、DNA損傷チェックポイントを活性化して細胞周期の停止を引き起こす。
PD-L1:Programmed death-ligand 1.
T細胞の活性を抑制もしくは停止させるなど免疫抑制機能を有する分子。抗原提示細胞、また腫瘍細胞や腫瘍微小環境に発現する。
STING:Stimulator of interferon genes.
自然免疫応答・炎症を誘導するタンパク質。
■論文情報
タイトル:ATR inhibition activates cancer cell cGAS/STING-interferon signaling and promotes antitumor immunity in small-cell lung cancer
著 者:Hirokazu Taniguchi, Subhamoy Chakraborty, Nobuyuki Takahashi, Avisek Banerjee, Rebecca Caeser, Yingqian A Zhan, Sam E Tischfield, Andrew Chow, Evelyn M Nguyen, Álvaro Quintanal Villalonga, Parvathy Manoj, Nisargbhai S Shah, Samantha Rosario, Omar Hayatt, Rui Qu, Elisa de Stanchina, Joseph Chan, Hiroshi Mukae, Anish Thomas, Charles M Rudin, Triparna Sen
雑 誌:Science Advances
論文は以下のURLで閲覧できます
https://www.science.org/doi/full/10.1126/sciadv.ado4618?rfr_dat=cr_pub++0pubmed&url_ver=Z39.88-2003&rfr_id=ori%3Arid%3Acrossref.org