2024年08月22日
長崎大学熱帯医学研究所 見市 文香 教授、東京農工大学工学研究院 津川 裕司 准教授、慶応義塾大学薬学部 有田 誠 教授及び佐賀大学医学部 吉田 裕樹 教授らの共同研究グループは、除草剤であるflufenacet、cafenstrole及びfenoxasulfoneが、日本でも感染の可能性がある寄生虫感染症の1つ「アメーバ赤痢」の病原体において、その細胞増殖及び感染伝播を担う感染嚢子(シスト)の形成、の両方を阻害することを示しました。
■ポイント
❖アメーバ赤痢は寄生原虫“赤痢アメーバ” ※1による感染症で、世界では約5,000万人が感染しており、そのうち、4-7万人死亡していると推定されています。発展途上国だけでなく日本でも臨床報告が多いです。治療薬が限られること、副作用が多いこと、また有効なワクチンが存在しないことから、新規薬剤開発が重要な疾患です。
❖flufenacet、cafenstrole及び fenoxasulfoneは、赤痢アメーバにおいて、その細胞増殖及び嚢子形成の両方を強く阻害しました。
❖上記3化合物は、赤痢アメーバのfatty acid elongase(FAE)※2を標的とし、超長鎖脂肪酸(炭素数26、28、30、32)※3の合成を阻害しました。
❖宿主であるヒトには標的となるFAEは存在しません。そのため選択毒性(赤痢アメーバのみを阻害する)に優れ、実際上記3種の化合物はヒト培養細胞の増殖に影響を与えませんでした。
❖この基礎的な知見は、日本でも感染者が増加している寄生虫感染症である“アメーバ赤痢”に対する新規薬剤開発の礎となると期待されます。
❖本研究は科学雑誌『PLoS Pathogens』オンライン版(2024年8月23日午前3時、日本時間)
https://journals.plos.org/plospathogens/article?id=10.1371/journal.ppat.1012435
に掲載されます。
■背景と言葉の説明
※1赤痢アメーバ |
※2 fatty acid elongase(FAE) |
※3超長鎖脂肪酸
炭素数26以上の脂肪酸で、ヒトなどでは微量に含まれるだけですが、赤痢アメーバの場合は、生活環を通してその含有量が多く、全脂肪酸の40%ぐらいを占めることが分かっています。
他にも赤痢アメーバの脂肪酸は、中鎖(炭素数8,9,10,11)のものも多く検出されるなど、脂肪酸組成が非常に特徴的で、宿主であるヒトと大きく異なることを我々は既に報告しています(Mi-ichi et al, mSphere, 2021)。
超長鎖脂肪酸は、赤痢アメーバ自身が環境中(ヒト体内)から取り込んだパルミチン酸(C16:0)やオレイン酸(C18:1)を脂肪酸伸長サイクル(脂肪酸の鎖長を伸ばす酵素群)により合成していると推測されます。しかしながら、その詳細な生化学・分子生物学的解析は行われていませんでした。
■研究手法と成果
❖赤痢アメーバの脂肪酸伸長反応の活性を検出
赤痢アメーバの培養細胞に安定同位体ラベルされた脂肪酸(オレイン酸C18:1)を加えたところ、C20:1, C22:1・・・C30:1と炭素数の長い脂肪酸が合成されることを検出しました。
❖赤痢アメーバ脂肪酸伸長サイクルが超長鎖脂肪酸と中鎖脂肪酸の合成に関与することを発見
赤痢アメーバの脂肪酸組成の大きな特徴である超長鎖脂肪酸および中鎖脂肪酸(炭素数8,9,10,11)の合成経路を明らかにしました。
❖flufenacet, cafenstrole及び fenoxasulfoneが抗赤痢アメーバ薬の有用なリード化合物であることを発見
脂肪酸伸長サイクルの第一酵素(FAE、植物タイプ)を標的とし、赤痢アメーバの細胞増殖及びシスト形成を阻害する化合物の探索、植物FAEを阻害することが報告されているflufenacet, cafenstrole及び fenoxasulfoneについてその効果を解析しました。結果、赤痢アメーバの細胞増殖及びシスト形成の両方を低濃度で阻害すること、さらに宿主の培養細胞には高濃度でも影響を与えないこと(=選択毒性に優れていること)を見出しました。
■今後の期待
今回見出した化合物3種類は栄養体期及びシスト期の両方のステージに作用する阻害剤であり、生活環を通じて(=ステージを問わず)寄生原虫の生存を止めることが出来ます。今回着目した脂肪酸伸長サイクルの第一酵素FAEは、その相同酵素が宿主には存在しないため、期待した通り、選択毒性に優れた薬剤開発に有望な標的であることが証明できました。今回見出した3つの化合物の構造を基に構造変換することで、より選択毒性に優れ、そしてヒト体内で増殖する赤痢アメーバと嚢子形成中の赤痢アメーバ両方に作用する化合物を得ることを進めています。
同時に赤痢アメーバの特徴的な脂肪酸組成の形成についての分子メカニズムも明らかにしたことで、今後の赤痢アメーバの生理および寄生生活を維持する戦略(寄生適応戦略)のより深い理解へと繋がることが期待されます。
本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)新興・再興感染症研究基盤創生事業(多分野融合研究領域)「リピドミクスのメタデータに基づく、赤痢アメーバ脂質代謝解析―赤痢アメーバの生化学・生理学と創薬標的・リード化合物の提供―(23wm0325036h0003)」(研究代表者 見市文香)などの支援を受けて行われました。
【論文情報】
<タイトル>
Characterization of Entamoeba fatty acid elongases; validation as targets and provision of promising leads for new drugs against amebiasis
<著者名>
Fumika Mi-ichi, Hiroshi Tsugawa, Tam Kha Vo, Yuto Kurizaki, Hiroki Yoshida, and Makoto Arita
<雑誌>
PLoS Pathogens
<リンク>
https://journals.plos.org/plospathogens/article?id=10.1371/journal.ppat.1012435